東京でつながり、地方で活かす──堺市東京事務所がPALETTEで見つけた共創のかたち
- MIRAI LAB PALETTE 運営事務局
- 4月3日
- 読了時間: 10分

住友商事が運営する「MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)」は、ビジネスから文化・芸術まで分野を問わず、多様なプレイヤーが集まり新たなコラボレーションを生む場所です。
長年勤めた大阪府から離れ、堺市の東京事務所所長に就任した羽田貴史さんも、そんなつながりを活用しているユーザーの一人。「転属直後で何をすればいいかわからなかったが、PALETTEでは自然と会話が生まれプロジェクトにつながった」と語る羽田さんに、自治体の視点から見たPALETTEの活用方法を伺いました。
羽田貴史さんプロフィール
平成6年度に堺市役所に入庁。何の資格も経験もない中、障害児の通園施設に配属される。
しかしその通園施設で子どもの日々の成長に触れる中で、役所仕事の楽しさに目覚める。
そこからは子育て総合計画の策定や子ども食堂の立上げ、待機児童解消施策など、ほぼ子育て支援部門で勤務。
令和5年度にひょんなことから東京事務所に異動になり、現在は首都圏でのプロモーションと市の地域課題解消に協力してくれる企業探しに奔走中。
東京での関係づくりの拠点として活用

堺市東京事務所所長 羽田貴史さん
—— 堺市の東京事務所の役割について教えてください。
羽田さん:堺市は市内の本庁とは別に、都内に東京事務所を設置しています。もともとは地元選出の国会議員や各省庁との関係構築、補助金や制度改正の情報収集が主な業務でしたが、現市長の強い思いにより、堺市のプロモーションや民間企業との関係構築を行う拠点としての位置づけが強くなっています。
地方自治体が抱える課題は、市職員や地元の企業だけで解決するには限界があります。だからこそ、首都圏のスタートアップや大企業とつながり、堺市の課題解決につながるアクションを起こすことが、今の東京事務所の大きなミッションになっています。
—— 羽田さんはどのようなきっかけでPALETTEを知ったのでしょうか?
羽田さん:2023年の6月頃、堺市と同じように東京事務所を持つ政令指定都市の自治体職員から「こんな場所があるよ」とPALETTEを紹介されました。初めて訪れた時にPALETTEのコミュニティマネージャーである鎌北(雛乃)さんと話し、とても良い意味での衝撃を受けたことを覚えています。
—— PALETTEに会員登録してから、どのように活用されているのでしょうか?
羽田さん:私は長年福祉の部署で働いていたので、手探りのなかPALETTEで仕事をするようになったのですが、鎌北さんが声をかけてくれたり、会員の方を紹介してくれたりして、自然と人とのつながりが生まれていきました。右も左も分からない状況で助けていただき、ポツンとならずに安心感がある。事務所でこもっているよりも、はるかに良い展開につながりましたね。

羽田さん:次第にPALETTEで開催されるイベントにも参加するようになり、さらに関係が増えていきました。今では堺市の本庁から「こういう企業とつながりたいのだけど、心当たりはない?」と相談が来るようにもなりました。
市職員が東京に出張に来るときも、PALETTEのスペースを活用しています。首都圏在住の堺市関係者が大勢集まる「東京・さかい交流会2024」というイベントでも使わせてもらったのですが、堺市長も直接足を運び、参加者と交流を深めました。ケータリングに堺市の食品を使ってもらうなど、細かい部分までサポートしてもらい、本庁の職員たちも「ここまでやってくれるんだ」と喜んでいましたよ。
自治体のリソースを活用した実証実験
—— PALETTEの出会いから生まれたプロジェクトを教えてください
羽田さん: 一つは「KAPOK JAPAN」のカポック製品を使った実証実験です。カポックとは木の実から取れる繊維であると同時に、非常に軽く親油性が高い素材で、アパレル分野にとどまらない活用が進んでいます。たとえば、海の事故などで流出した油を吸収するオイルキャッチャーは、一般的に化学繊維で作られていることが多いのですが、マイクロプラスチック流出が懸念されているため、KAPOK JAPANではカポック製=天然由来のオイルキャッチャーを開発していました。
一般的な性能基準はクリアしていたものの、実際の使用感がわからないというタイミングで、PALETTEの出会いから堺市で実証実験を行うことになりました。
—— 実際の現場では、どのように活用されたのでしょうか?
羽田さん:河川や道路の管理は、市・府・国といった複数の機関が関わっていますが、実際に事故が起きた際、最初に対応することが多いのは救急と消防です。消防車にはオイルキャッチャーが常備されているので、まずは堺市消防局に、カポック製のオイルキャッチャーを試してもらいました。
開発チームは「既製品よりも破れやすいことが課題」と考えていたそうなのですが、消防の現場からはむしろ「破れやすい方が使いやすい」というフィードバックがありました。というのも、オイルキャッチャーは必ずしも広い平面で使うわけではなく、たとえば道路脇の側溝などでは、柔軟に変形してくれる方が使いやすかったのです。
こうした現場の声をもとに、より実用的なプロダクトへとフィードバックできたのは、とても良い連携の事例だと感じています。
—— 消防の現場での実証実験は、公的組織である自治体ならではのアプローチですね。他にも進んでいるプロジェクトはありますか?
羽田さん:本庁から要望があった取り組みの一つが、不登校の子ども向けのメタバース活用です。学校以外の居場所づくりとしてメタバースを活用するアイデアが発案されたのですが、市職員の中にメタバースに詳しい人がいませんでした。PALETTEで相談したところ、広い知見を持つ「MetaSteam」を紹介してもらい、過去の事例や技術的な可能性を教えてもらうことができました。
—— スタートアップ側のニーズと自治体側のニーズが、PALETTEを通じてつながっているんですね。まだ商品化されていない段階からの協力というのも興味深いです。
羽田さん:そうですね。これまでの行政のあり方では、すでに市販化されたプロダクトやソリューションを「買ってください」と持ち込まれることが多く、どうしても営業的なやり取りになりがちでした。また、入札などの手続きも発生するため、行政側がすぐに導入を決められるわけでもありません。
企業の提案がそのまま地域課題を解決するとも限りませんから、売る・売らないの二択で考えるべきではないのでしょう。ふわっとした状態でも相談できるように、行政側としても体制を変えていくべきだと意識を改めるようになりました。
地元企業のアピールにつながる「端材ガチャ」
—— PALETTEのオープンスペースに、堺市の「端材ガチャ」が設置されていますが、これはどのような取り組みでしょうか?
羽田さん:製造業を営む企業と協力し、製造過程で生じる端材や廃材を有効活用するために始めた企画です。たとえば、カバンを作る際に出る余り革や、畳の切れ端などは、これまで廃棄されることが多かったのですが、環境意識の高まりもあり「これらを活かしたプロダクトを作れないか」と検討が始まりました。とはいえ、いきなり製品化しても市場のニーズは計れませんから、まずは手軽に試せる仕組みとして「ガチャガチャ」の形式を取り入れました。
カプセルに収まるサイズの商品を堺市が預かり、イベントなどで販売し、売れた分を企業へ還元する仕組みです。環境問題やSDGsへの関心が高い子どもや親世代に特に好評で、気軽に楽しみながら廃材活用の取り組みを知ってもらえています。堺市の企業だけでなく、首都圏でつながった企業にも協力いただき、堺市の名物である埴輪をモチーフにした特別なアイテムを作ってもらったこともあります。

—— 堺市の取り組みを身近に感じてもらうための企画なのですね。
羽田さん:もともとガチャガチャはイベントでの出展が中心でしたが、それ以外の期間は東京事務所で保管していました。これではもったいないと思い鎌北さんに相談したところ、PALETTEに置いていただけることになったんです。
PALETTEに設置することで、イベント以外のタイミングでも多くの方に見てもらえますし、写真を撮って地元の企業に共有すると「こんな良い場所に自分たちの商品が置かれているんだ!」ととても喜んでもらえました。堺市にとっても、なかなか首都圏に出づらい地元企業の知名度アップやプロモーションの場として、大きな役割を果たしていると感じています。
鎌北:PALETTEには本当に多くの方が視察に訪れます。その際、必ず堺市さんとの取り組みや端材ガチャの話を紹介するようにしています。単なる環境意識の啓発ではなく、地元企業のチャレンジを後押しするプロジェクトとしての側面もあるので、多くの方に興味を持ってもらえますね。
—— 多くの人が集まる東京という立地の強みが活きているのですね。今後PALETTEで取り組んでみたいことはありますか?
羽田:これまでも個別のコミュニケーションを通じてつながってきましたが、今後は「リバースピッチ」のような形で、堺市の課題をオープンに発信し、解決策を持つ方々と出会う機会を増やしたいと考えています。 たとえば、堺市には泉北ニュータウンという地域があり、30〜40年後に日本全体が迎えるであろう水準と同じ高齢化率に達しています。ここで高低差のある街を移動するためのモビリティや、高齢者向けのヘルステックを実証できれば、将来的に全国で応用できる可能性が高い。より実践的なフィールドとして興味を持っていただけるのではないかと思っています。
PALETTEのコミュニティは「対個人」の関係がベース
—— 羽田さんがPALETTEと出会って一年半以上が経ちました。改めて、この場所の印象を教えてください。
羽田:PALETTEを運営する住友商事のような大企業や東京のスタートアップには、どこか「雲の上の存在」というか、商売っ気が強いようなイメージがありました。しかし実際にPALETTEで関わるうちに、地域や社会の課題を真剣に考えている人たちが集まっていることに気付かされ、大きくイメージが変わっていきました。
東京にはコワーキングオフィスがたくさんありますよね。行けば行くほど分かるのですが、最終的にコワーキングオフィスの魅力はコミュマネ次第なんです。メッチャ便利な場所でキレイな装飾されたスペースでも、コミュマネがイマイチだと魅力が半減します。その結果、魅力のない施設には魅力のある人が集まらないので悪循環に陥ります。
そういう意味で鎌北さんとPALETTEは素晴らしいと思います。いつ相談しても、ちゃんといい方につないでくれますし、たくさんの会員を把握できているコミュマネは彼女しかいない。まさに唯一無二の存在だと思います。

—— 鎌北さんが人をつなぐとき、意識していることはありますか?
鎌北:羽田さんにとって、そして堺市にとってプラスになる方や企業をご紹介したい、という想いが一番ですね。ただ、タイミングが合わず、お互いのフェーズがまだ整っていないと感じたときには、無理につながず次の機会を検討することもあります。
「PALETTEにこんな人がいる」「堺市がこんなことを求めている」という情報を自然な交流のなかで把握しながら、適切なタイミングで羽田さんや職員の方とおつなぎできれば、「相思相愛」の関係を続けていけるのではないかと考えています。
羽田:まったくの異分野から東京事務所に来て最初は戸惑うことばかりでしたが、ここで多くの人に助けていただきました。だからこそ、周りに同じように困っている自治体職員がいたら、必ずPALETTEに連れてくるようにしているんです。
鎌北:ありがとうございます。PALETTEには組織会員制度がなく、皆さんが個人会員として登録されています。もちろん、それぞれ会社や組織に所属しているのですが、つながりのベースにあるのは個人と個人の関係。今後もお互いが良いサポーターになれるよう、会員さん同士をおつなぎしていきたいです。